
哲平の胸に顔を埋めていると、心臓の鼓動と暖かさで不思議と安らぎを覚えた。まるで赤ん坊が母親の懐に抱かれている感覚というものだろうか、それは哲平が無言でいてくれたという事もそうした感覚にさせてくれているのかもしれない。
しばらくすると気持ちも落ち着き、それと同時に妙な恥ずかしさも伴って「哲平くん、ごめん、ヘンなとこ見せちゃったね、ホントごめんね・・」と慌てて哲平の胸元から距離をおいた。
「千秋さん、少しあそこに座って話しません?」と哲平は公園のベンチを指さした。
二人は並んでその繁華街の一角にある公園のベンチに座った。夜空にはくっきりとした月、冷たいけど透明感のある空気。
どこからともなくクリスマスソングが聞こえてきた。「あっ、もうすぐクリスマスだね、哲平くん彼女は?」「半年前に別れました。僕が前の会社を辞めたと同時に・・・・・」
哲平はこちらを見るともなしに遠くを見て話し出した。
「実は前の会社では精密器機を扱うエンジニアだったんです。しかし、その会社外資に乗っ取られて、合理化のため多くの仲間がリストラ・・・・。僕もその一人です。」
哲平はポケットに手を突っ込んで、空を見上げて言った「・・・で、彼女は会社に残り、しばらくは付き合っていたけど、この不況で次の仕事も決まらないまま僕はフリーター・・・そのうちに自然消滅ってわけです。」
「へぇ、そうだんたんだ・・」「よくある話でしょ。まっ、所詮そこまでの仲だったわけですけどね」と自嘲気味に言った。
「哲平くんも色々大変だったんだ・・」
「でも、僕には夢があるから、今は前しか見てません!」
「えっ、夢って?」「それは、まだ教えられません」と哲平は笑って話した。
「ところで、千秋さん、おせっかいかもしれないけど、カラオケで泣いていたのは何故です?」
「あっ・・・それは・・」「いや、話したくなかったらいいんすよ、別に」とすまなさそうにする哲平を見たのと、不思議とこの人なら何でも話せると思い、千秋は過去の上司との不倫について話した。単身で赴任してきたその上司との関係は2年間続き、その後その上司が本社に戻ってからは会える回数も減り、その事に自分が耐えれなくなり別れを切り出した事。
そして、その上司が良く歌っていたミスチルの「しるし」を哲平が歌っているのを聞いて涙ぐんだ事・・・。この事を赤裸々に話した異性は哲平が初めてだった。
「千秋さんも色々あったんですね。で、その上司の事今でも・・・?」
「・・まさかぁ!もう不倫はこりごりよ・・」と話してみたものの本心は(分からない・・)のが正直は気持ちだった。「へぇー、そういうもんなんだ」と気持ちを見透かされているような哲平の言葉に内心ドキっとした千秋は「もう、お互い過去の話はやめましょ。それより哲平クン、クリスマスはどうするの?」とあわてて話題を変えた。
「別に予定なんかないですよ。千秋さんは?」「私も別にないけど・・・」と答えたけど、心のどこかではあの上司から連絡が入るかもしれない、という期待と不安が入り交じった気持ちでいた。
「じゃ、一人もの同士、一緒にパァーっとしますか!」と哲平は両手を広げて大袈裟に言った。
「・・そうね・・いいかも」。
ブルブル・・と、ちょうどその時だった・・・携帯が震えたのは。
バックの中、ほのかに光る液晶に表示されたのは、番号だけ。しかしそれは、はっきりと見覚えのある番号だった・・・・。
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